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ソウル 徳寿宮 [旅 韓国]

ソウル旅行記も終盤です。
最後に訪れたのが5大故宮の一つ、徳寿宮(トクスグン)
場所は市庁と道をはさんで反対側。私が宿泊したソウルプラザホテルの斜め向かい。市立美術館とも隣接。

夜にライトアップされる大漢門
1912年、太平路の拡張により宮域が縮小された際は影響なしだったが、1968年の再拡張により元の位置から33メートル移動。

20090503 12徳寿宮1大漢門.JPG


かつては大安門(「大きく安らか」という意味)と呼ばれたが、1906年の修理時に大漢門(「漢陽の勢力が栄える」という意)に改称。正門の役割を果たしている。
(入場料1000ウォン。私はホテルのコンシェルジェデスクでチケットをもらったので無料!100円弱だけど使えるものは使わなきゃ。ホテルの賢い使い方)

では、案内書から概要紹介。

・9代王、成宗の兄、月山大君の邸宅だった
・文禄の役によりソウルのすべての宮殿が消失し、1593年、臨時宮殿(仮宮)として使用
・1611年、光海君が「慶運宮」という宮号を付ける
・1615年、光海君が居所を再建された昌徳宮に移し、慶運宮が離宮として残った
・1897年、高宗がロシア公使館から慶運宮に移る
・1907年、高宗が皇位から退き、慶運宮は先皇帝が住む宮となる。「徳寿宮」に改称
(上王=高宗が徳を享受して長生きするようにという意味)
・1933年、日本帝国により建物の大部分が壊滅、撤去。公園として造成し一般に公開
(一度ならず何度も日本が韓国の歴史に傷跡を残しています)

大漢門をくぐり禁川橋を渡り、しばらく行くと大きな銅像。

20090503 12徳寿宮3世宗大王像.JPG

ハングル文字を発明した李朝の4代王、世宗大王です。

広い芝生の一角に目をやると興味深い光景。ハングルでの説明が読めないので推測ですが、近代化のころの様子を再現しているのでしょうか。おそらく、これもHi Seoul Festivalの一環。

20090503 12徳寿宮4.JPG

さらに奥のほうへ歩を進めると慶運宮の正殿として重要な国家儀式を行った中和殿があります。

20090503 12徳寿宮2中和殿.JPG

中和殿に上がる階段の踏道には朝鮮宮殿の正殿で唯一、二匹の龍が刻まれているとのこと。(龍は皇帝の象徴)他はみな鳳凰が刻まれています。
時間の関係で近くに寄れなかったので、景福宮の正殿、勤政殿の踏道の写真を。

20090502 3景福宮4勤政殿2.JPG

伝統的な宮殿建築のさらに奥には洋式建築物があります。高宗皇帝の寝殿兼便殿として使用された石造殿徳寿宮美術館です。
今回はソウルを離れる直前に30分ほど駆け足で見ただけでしたが、次回はもう少しゆっくり見てみたい場所です。
(日本語での無料ガイドツアー、守門将交代式あり)

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