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ハズレもまたヨシ [日記]

今日は水曜なので多くの映画館でレディースデー(女性割引の日)

仕事帰りに日比谷シャンテに行ったら、お目当ての映画のチケットは「売切」
それでは、と有楽町マリオンに移動したけど、どのスクリーンも最終回が始まっていた。
携帯電話のネット検索で銀座など周辺の映画館情報を調べたがNG

というわけで銀座までぶらっと歩いて帰ることにしました

プランタン前にきたのでアンジェリーナに立ち寄ることに。
前回見つけた苺のホワイトモンブランをお買い上げ。

20090902 Angelina苺ホワイトモンブラン.jpg

やっぱり美味しい~

並木通りの和光並木館の1階入口の壁面に面白い時計のオブジェを発見。

20090902 和光並木館.jpg

映画を見ることはできなかったけど、ガッカリを補うのに十分なハッピーをもらえたからヨシ!です。

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イースター島 半日観光ツアー [旅 タヒチ&イースター島]

お読みになっている皆さんのなかには、モアイはイースター島のどこか一か所にあるだけ、と思っている方もいらっしゃるかもしれません。
私も今回訪れる前に調べるまではそう思っていました。
しかし、島の周囲のほとんどの場所にモアイ像があるのです。なかには内陸にも。島全体では1000体以上もあるとか。

というわけで、イースター島での観光ツアーは3日に分けて島全体のあちこちにあるモアイ像を見る日程で組まれています。

では、いよいよモアイ像を見るツアーに出発だ~[ダッシュ(走り出すさま)]

当初の予定ではイースター島には二泊三日の滞在でしたが、到着が一日遅れたため、予定していたツアーも初日と2日目の半日コース(島の南西部をまわる)をアレンジしなおして催行。

いつもは風景写真ばかりですが、今回は友人が撮影してくれたのでモアイの大きさを感じてもらうために私も一緒に登場します。

1)アフ・アキビ(Ahu Akivi)
アフとは、モアイ像がのっている石を積み上げた祭壇のこと。アフ内は立入厳禁。
もちろんモアイにも触れてはいけません。
20090819 6Naunau11.JPG

島の中央近くにあるアフ・アキビ。7体のモアイ像が立っています。(1960年にアメリカ人考古学者ウィリアム・ムロイ博士によって復元された)

20090818 11Akivi7s.JPG

モアイ像は部族の祖先、神、王を表したものと言われるが、祖先の像という説が有力。(諸説があるほか、イースター島では文字ではなく口語伝承で昔の話が語り継がれているため、大筋では同じでも細部で違う話になっていることが多い)
この7体は、島に最初にやってきたホトゥ・マトゥア王の使者7人とも、7人の王子とも言われている。

モアイは海を背にして村を守るため集落のほうを向いて立てられた。しかし、このアフ・アキビのモアイは島で唯一、海のほうを向いている。

2)プナ・パウ(Puna Pau)
モアイ像の頭に載っている赤い石は赤色凝灰岩。その赤い石で作られた「プカオ」帽子、まげを結った髪と言われている。(初期のモアイ像には載っていない)

プナ・パウはプカオが切り出された場所で、丘に切り出し途中のプカオが無造作に放置されている。

20090818 12PunaPau4.JPG

3)アフ・ビナプ(Ahu Vinapu)
南米のインカの石組みに似た、隙間なく組まれた精巧なアフがある。

20090818 14Vinapu6s.JPG そばにモアイ像が倒れている

地面に埋もれて顔だけ出ているモアイも。
20090818 14Vinapu5s.JPG

4)ラノ・カウ火口湖(Rano Kau)
イースター島は火山の噴火でできた直角三角形のような形をした島。その三つの頂点には火山(休火山)があり、島の南西端にあるのがラノ・カウ山。巨大な火口湖ができている。

20090818 15Orongo7火口湖2.JPG ソフトバンクのお父さん犬?

5)オロンゴ儀式村(Orongo)
ラノ・カウ山の南側にあるのがオロンゴ儀式村。
17~18世紀、モアイ信仰が衰退したころ鳥人崇拝が始まった。
創造の神マケマケの化身である鳥人「タンガタ・マヌ」を選ぶため、年に一度、一番鳥が渡ってくる頃に行われたのが鳥人儀式。
各部族から選出された代表選手、ホプ・マヌたちは、オロンゴの300mの断崖絶壁を駆け下り、2㎞沖にあるモトゥ・ヌイ島(Motu Nui)に泳ぎ渡る。

20090818 15Orongo2.JPG 三つのうち一番向こうモトゥ・ヌイ
 
彼らはグンカン鳥が巣を作る洞窟で卵を産むのを待つ。卵を持って泳ぎ帰り、崖をよじ登ってきたホプ・マヌから最初に卵を手渡された族長が、その年の「タンガタ・マヌ」として島の政治の実権を握ることになる。

風化して見にくいが、鳥の頭をもつ鳥人の岩絵。
20090818 15Orongo6鳥人の岩絵.JPG

儀式村には石積みの住居があり、かなり狭い。
20090818 15Orongo4石室.JPG

6)タハイ遺跡(Tahai)
ハンガロア村の中心から歩いて10分くらいのところにある。
1968年と1972年にウィリアム・ムロイ博士によって修復、復元された。

20090818 10Tahai4VaiUri&Tahai s.JPG
海に向かって左側の5体はアフ・バイ・ウリ(Ahu Vai Uri)、中央の1体はアフ・タハイ(Ahu Tahai)

右側のプカオをのせた1体はアフ・コテリク(Ahu Koteriku)。眼(複製)が復元されている。(フランスの雑誌の写真撮影のために復元されたとのこと)

20090818 17Tahai4.JPG キスを試みる

細長いボートの形をした住居跡や炉の跡が残っている。
20090818 17Tahai2ボートハウスの住居.JPG

モアイ像越しに海に沈む夕日をのぞむ。

20090818 17Tahai1-1s.JPG

明日はもっともっと見るよ~

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